2008年12月22日

『M-1グランプリ2008』 路上漫才出身のNON STYLEが初優勝

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『M-1グランプリ2008』 路上漫才出身のNON STYLEが初優勝12月21日20時48分配信 オリコン

今、日本で一番面白いコンビはNON STYLE

結成10年以内の漫才コンビ日本一を決める『M-1グランプリ2008』の決勝戦が21日(日)、東京・六本木のテレビ朝日で行われ、2000年結成、大阪のストリートで腕を磨いたNON STYLEが悲願の初優勝。

史上最多のエントリー4489組の頂点に立ち、M-1王者の称号と賞金1000万円を手に入れた

泣いた。「ありがとうございます。本当に漫才やってて良かった」。優勝が決まった瞬間、全身白の衣装でボケ担当の石田明の目から一気に涙があふれ出た。たまらず両手で顔を覆う石田に、相方の井上裕介も目を潤ませながら「僕も泣きたいんですけど、(石田が)泣き過ぎるでしょ?」と優しく肩をポンと叩いた。

 年齢、国籍、性別、プロ・アマを問わずコンビ結成10年以内という参加資格もすっかり定着。今や年末の風物詩となった笑いの最高峰イベントに今年は過去最高の4489組が参加し、全国7か所で行われた予選を勝ち抜いたダイアン笑い飯モンスターエンジンナイツU字工事ザ・パンチNON STYLEキングコングと、敗者復活戦58組を制したオードリーの計9組がファイナリストとして決勝に臨んだ。

 今田耕司上戸彩が司会を務め、審査員は大会委員長の島田紳助をはじめ、松本人志、上沼恵美子、渡辺正行、オール巨人、大竹まこと、中田カウスと昨年と同じ顔ぶれで夜6時半に生中継がスタート。

最多出場の笑い飯をはじめ、ダイアン、キングコングらNON STYLEと同期の2組がこぞって姿を消すと、オードリー、NON STYLE、ナイツらいずれも初の決勝進出組が最終決戦へと駒を進めた。

1位通過のオードリーがトリ、3位通過のナイツがトップバッターで最終決戦を戦い、最後の審査員投票ではオードリーが3票、NON STYLEが4票を獲得して優勝を決めた。

 大会委員長の紳助は、大会前にダウンタウン松本人志と「ひょっとしてクオリティが下がってきてて、ぼちぼちM-1もやめなあかんな」と話していたことを明かしたうえで今年の激戦を高評価。

紳助が「僕の中の圧勝でした」と絶賛すると、上沼も「圧勝。私の中ではダントツでした」、巨人も「2、3年前から決勝に来てもおかしくない奴らだった」と関西の大御所らが揃ってNON STYLEを称えた。

 スピード感あふれる内容で爆笑ボケを連発したNON STYLEだったが、本番中に上沼から「私のレギュラー番組に来てもらったことあるけどフリートークができない」とダメ出しされ、優勝後も松本から「2人を全く知らなかった。トークが苦手ということで『すべらない話』で会うことはないのかな」と一晩で“トークができない芸人”のレッテルを貼られ、井上は優勝後「トークのことをもっと勉強したいです」とさらなる話術の向上を誓っていた。

 なお同日、東京・大井競馬場で行われた敗者復活戦には史上最多の5500人の観客が来場。視聴率では西高東低が顕著に表れているが、年々、注目度を高めていることを証明した。

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オートバックスM-1グランプリ2008

★★★

NON STYLE

石田明 (いしだ あきら)
1980年2月20日 B型、身長173cm、体重54kg、ボケ担当、立ち位置 左。全身真っ白な服と白いネクタイを着ている方。大阪市立中津南小学校卒業。大阪市立大淀中学校卒業。大阪府立東淀川高等学校卒業。

井上裕介 (いのうえ ゆうすけ)
1980年3月1日 A型、身長165cm、体重60kg、ツッコミ担当、立ち位置 右。スーツのなかにタンクトップを着ている方。大阪市立中津小学校卒業。大阪市立大淀中学校卒業。大阪府立東淀川高等学校卒業。神戸学院大学卒業。

2人は中学・高校の同級生である。

2人ともNSC出身ではなく、ストリートからbaseよしもとに入ってきたコンビである。元々二人は同じ中学・高校に通っていたが、特に接点はないまま卒業する。高校卒業後、大学に進学した井上はパンクバンドを組んでいたが解散し、ストリートミュージシャンになろうとしていた。一方の石田は2年間板前修業をしていた。だが、それを辞めてストリートでピン芸人になろうとしていた時、石田の現状を聞いた井上から「俺がギターを弾くからお前がベースを弾け。合間に漫才をしよう」と誘いを受け、NON STYLEが結成された。しかし、酔っ払いのおじさんに演奏のことで怒られて自信を失くしたため、漫才だけに絞ったところ、客が増え始め、その後オーディションで吉本興業に入る。

吉本興業に入る前に数か月間だけ、大阪の小さなプロダクションの研修生だった。

baseよしもとの男前ランキングで、石田が3位、井上が4位。
2006年、第4回MBS新世代漫才アワードで優勝し、同年末に初冠番組「NON STYLEのフリースタイル!!」が放送された。
オーディション組だが、大阪NSC22期生(ダイアン・ミサイルマン・ネゴシックス・中山功太・キングコング)と同期となる。
2007年、トップ組に昇格。それによりトップ組にNSC卒業生がいなくなった。

ネタはたいてい石田が考案。ネタ帳にはルーズリーフを使用し、これまで書いたものを全部積み上げると電子レンジぐらいの高さになる。
レギュラーの西川、ブラックマヨネーズの吉田と交遊関係がある。

石田は、スキップしていて中指骨折、ボールを投げて腕を螺旋骨折、デコピンをして中指を複雑骨折など虚弱エピソードが豊富である。(詳しくは石田明を参照)

2008年4月6日をもって、8年間所属していたbaseよしもとを卒業。同時に石田・井上共に東京に住居を構え、以降は、うめだ花月・ルミネtheよしもと等で活動している。春からは渋谷よしもと無限大ホール木曜第二部を担当。
2008年12月21日のM-1グランプリ最終決戦では5票を獲得して優勝。
NON STYLE - Wikipedia

★★★

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M-1グランプリ - Wikipedia




posted by ぴかまま at 06:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | M−1グランプリ
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