2008年12月29日

百恵さん長男、ロックバンドのボーカルで歌手デビューしていた!

百恵さん長男、ロックバンドのボーカルで歌手デビューしていた!12月28日8時0分配信 スポーツ報知

 俳優の三浦友和(56)と元歌手、女優で妻の山口百恵さん(49)の長男・祐太朗(24)が4人組ロックバンド「Peaky SALT(ピーキーソルト)」のボーカル・ユウとしてデビューしていたことが分かった。

11月26日にデビューシングル「イトシセツナナミダ」をリリース。いきなりハウス食品のCMソングにも採用される大抜てきで、芸能界での第一歩を踏み出した。

 父である三浦友和をほうふつとさせる甘いマスクに、伸びやかなボーカル。友和・百恵の超大物カップルの長男が、両親と同じ世界に飛び込んだ。

 「Peaky SALT」が誕生したのは6年前の高校の文化祭。

中学時代からの同級生だったユウ、キミヒデ(24=ギター)、コセン(24=ベース)に、2年後輩のドラムのスヤマ(21)が加入して産声を上げた。

 メンバー全員が大学進学した2年前、制作したデモテープが現在の所属事務所の社長の目に留まったことが転機になった。米国に音楽留学していたコセンの帰国を機に昨年2月から本格的なライブ活動をスタート。芸能界の華やかさと同時に厳しさも肌身で実感している両親も、最終的には息子の決断を尊重。今年11月に念願のデビューを果たした。

 初恋をテーマにしたファーストシングル「イトシセツナナミダ」は、ユウが家庭教師をしていた中学2年の男の子の実体験にヒントを得て詞を書き下ろし、コセンが作曲した胸キュンロック。ハウス食品の「うるおい美率」のCMソングに採用され、バンド自身もCMに出演する破格のデビューとなった。

 今月17日に都内で行われたJ−WAVE主催のライブイベントでは4組のトリとして出演。ユウは「CM、恥ずかしくて見られないんだよ」と初々しいトークを交えながら、デビュー曲やロックチューン「ピカピカ」など6曲をパフォーマンス。ライブすることが楽しくて仕方ないという気持ちを全身で表現し、ファンの声援を浴びた。

 現在は来春リリース予定のセカンドシングルを制作中。夏頃にはアルバムも発表予定で、来年は飛躍の一年になりそうだ。

 ◆1日に来社、静かにPR
ユウは今月1日、デビュー曲PRのためスポーツ報知北海道総局を訪れていた。取材での話し声は小さく、おとなしそうな印象だった。「俺が、俺が」のタイプでなく、育ちの良さも感じさせた。この場でも親のことに触れることはなかったが、顔つきはまさに両親の遺伝子を受け継いでいる印象だ。

 「イトシセツナナミダ」は初恋をテーマにした曲。「家庭教師をしていたときに、教えていた中学2年生の男の子の実体験を描いたもの。初恋をしているシャイな男の子の心情が、デビューを迎える僕たちの気持ちと重なります」などと語っていた。

 現役時代は知らなくても母親の歌はもちろん知っているだろう。幼いころからJポップを聴いて育ち、影響を受けてきたそうで、メロディーが昭和を感じさせると、話をふると「うれしい、そういうふうに聴いてもらいたかった」とはにかんでみせた。

 三浦友和「4年ほど前、学生生活で就職活動の時期を迎えた頃、将来は音楽でやっていきたいという息子からの意思表示があり、自分の若い頃を振り返れば反対はできず、静観していました。卒業してからも練習、曲作り、月に何回かのライブハウス出演などを、メンバーとともに地道に重ねていたようです。幸運にも音楽関係の方の目に留まり、CDデビューできることになった旨の報告を今年の春頃受けました。世の中全体もそうですが、音楽業界もまた一段と厳しい状況と聞いています。親ということはさておき、芸能界の先輩として助言をするなら、これから最低でも10年は続けられるバンドになれということでしょうか。そして親としては、より多くの方たちに支持されるバンドになってくれることを願っています」

昭和は遠くなりにけり 伝説の人、三浦百恵さんの変貌ぶり


三浦友和(みうら ともかず、本名:三浦 稔(みうら みのる)、1952年1月28日 - )は、山梨県塩山市(現:甲州市)出身の日本の俳優である。血液型は、AB型。東京都立日野高等学校卒業。妻は元歌手、女優の山口百恵(1980年11月19日結婚)。長男はロックバンドPeaky SALTのヴォーカル、ユウ。

1960年、小学3年生で父親が警察官を退職し家族と共に東京都千代田区飯田橋に転居。さらに中学で東京都立川市に転居。ラリードライバーの篠塚建次郎は義兄(実姉・ひろ子(元歌手・タレント 芸名:牧陽子→三浦弘子)の夫)。忌野清志郎とは東京都立日野高校の同級生。高校生の頃は清志郎とは違うバンドに居た。初期のRCサクセションではバックミュージシャンとして、中期はゲストでライブに参加したことはあるが、RCサクセションの初期メンバーという説は誤りである。実姉がタレント活動をしていた関係で、放送局等へ出入りしていたことがきっかけで映画のオーディションを受けることになる。

1970年代に二枚目の俳優として10代に大変な人気があった。特に70年代後半、山口百恵と共に主演映画・ドラマを次々とヒットさせ百恵友和コンビ=ゴールデンコンビといえば知らない人はいなかった。1980年の結婚以降、「山口百恵の夫」という固定されたイメージをぬぐいきれず低迷した期間があるが、映画・舞台で着実に役柄の幅を広げ、アルコール飲料のCMでコミカルな演技見せるなど、硬軟いずれもこなせる俳優としての位置を確立している

三浦友和 - Wikipedia



posted by ぴかまま at 08:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能
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