2009年10月02日

ヘッドライン岡田美里「バツ2」昨年3月に離婚していた

ヘッドライン岡田美里「バツ2」昨年3月に離婚していた 

タレントの岡田美里(48)が、03年に再婚した一般人男性と昨年3月に離婚していたことが1日、分かった。同日発売の女性誌「STORY」で、「実はね、私、また失敗しちゃったの。現在バツ2のシングルマザーです」と明かしたもの。現在はアクセサリーブランドの社長も務めており、「1年半も公表しなかったのは、バツ2になったテレもあるけど、またバッシングを浴びて、社員を路頭に迷わせたくなかったから」と告白。岡田は89年にタレントの堺正章(63)と結婚し、2人の娘をもうけたが01年に離婚している。(スポーツ報知)

岡田美里(おかだ みり、1961年8月24日 - )は、東京都港区出身のタレント、エッセイスト。E・H・エリックの次女で、岡田真澄の姪にあたる。本名・岡田美里(おかだ みり、旧々姓・栗原、旧姓・柳沼)。身長162cm

東京都世田谷区にある聖ドミニコ学園高等学校在学中から雑誌「ポパイ」やCMなどのモデルをつとめる。
1984年、聖心女子大学文学部教育学科を卒業後は、F1を扱うスポーツ番組のスポーツキャスターを皮切りに本格的なタレント活動を開始。
1989年、幼少の頃から知る15歳年上のタレント・堺正章と結婚、2女をもうける。
1995年に叔父眞澄が日本航空の客室乗務員だった26歳下で美里と同年の女性と再婚し、1998年に37歳下の従妹が誕生。夫と共にエイズ撲滅運動に取り組む一方、
1998年、ライフスタイルを提案するスクール「Atelier Millie Millie(アトリエミリーミリー)」を開講。タレント業の他に、パン教室の講師や、テーブルウエアをはじめとする生活用品のデザイナーとしても活躍し始め、多くのファッション誌、ミセス誌で取り上げられ、カリスマ主婦の地位を確立する。2000年、父エリックが死去。
2001年に堺と離婚。単独で開いた離婚会見で、夫の仕事上の成功を望まなかった心中を吐露、週に2〜3回夫婦でゴルフをするのが理想だったことや、夫あてに送られてくる膨大な中元・歳暮などの贈答品の対応に追われてつらかったことを離婚理由に挙げた。また、幼少期に父親のE・H・エリックから受けた家庭内暴力に起因するPTSDに悩み、夫が何気なく机にハガキを投げやる物音だけでおびえていたと告白した。
2003年にスポーツインストラクターの柳沼則夫と再婚。
2005年6月27日に関西テレビで放映された「快傑えみちゃんねる」に出演した際、「夫が女性から『ちょっと遊びません』と誘われた」、「興信所を使ったのか」などと発言。イニシャルと共に「あの大物姉妹(叶姉妹)」のナレーションが流れたため、人物が特定される。この当該タレントが「発言は真実ではない」とし、名誉毀損と計約1100万円の損害賠償を求めて東京地裁に訴訟。
2006年7月28日、東京地裁は「社会的評価に影響を与えた」と認定、岡田に計約66万円の支払いを命じる判決を下した。
2008年3月、スポーツインストラクター柳沼則夫と離婚。

堺正章との長女栗原菊乃は、ミュージカル『アニー』に2回出演、次女の栗原小春も2001年当時の姉と同じ役を獲得、アニーに出演(2004年)。
祖父は、画家の岡田稔、叔父は俳優の岡田眞澄、従弟はその長男でラジオDJの岡田眞善という芸能人一家。また、パントマイマー・ヨネヤマママコと女優・藤田みどりはかつて叔母(前者は実叔母で後者は継叔母)であった。2006年、叔父眞澄が死去。

岡田美里 - Wikipedia

★★★

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タグ:岡田美里
posted by ぴかまま at 17:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能
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