2010年01月12日

元チェッカーズメンバー 福岡のローカルタレントに

元チェッカーズメンバー 福岡のローカルタレントに
2010年1月10日(日)14時5分配信 アメーバニュース

 1984年、『涙のリクエスト』『哀しくてジェラシー』などを大ヒットさせ、日本中にその名をとどろかせたチェッカーズ

86年発売の『NANA』からシングルも、メンバー作詞作曲のオリジナルになり、人気だけでなく実力もあることを証明した。

 オリジナル楽曲のなかでも評価の高い『夜明けのブレス』『ミセスマーメード』の作曲家を務めたのは、別名「白いサイドボーカル」こと鶴久政治(45)だった。

 当時、彼の才能を評価する声は多く、92年のチェッカーズ解散後も、同じサイドボーカルの高杢と違い、鶴久は安泰かと思われていた。だが、現実は甘くなかった。鶴久は解散後、当時の人気番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)から生まれたアイドル・電波子21号のデビューシングル『シンネコしましょう』を作曲するなど、音楽活動も行っていたが、パッとせず。とはいえ、バラエティ番組にはよく出演しており、メディア露出は多かった。

 その鶴久の評価がガタ落ちしたのは、04年に起きたチェッカーズ確執騒動だった。このときの鶴久の行動に失望したファンは多く、以降露出が激減。06年、細木数子の番組に出演し、自作曲を披露した際には「この曲は絶対ヒットする!」と太鼓判を押されるも、細木の予想は見事なまでに外れた。
 
 鶴久は今何をしているのか?

「現在は地元・福岡に帰郷しています」(芸能記者)

 たしかに、オフィシャルHPを確認すると、2010年1月8日NHK総合(九州ブロック)『トンコツTV』に、1月11日『第2回 福岡エンタ祭り』に出演するなど、福岡を拠点に活動する「ローカルタレント」となっている。それでも、ここ数年に比べ、露出は増えているから、鶴久の作戦は実を結んでいるのかもしれない。

★★★

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posted by ぴかまま at 03:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能
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