2010年02月26日

五輪フィギュア ヨナ強し 家族の支えで金メダル

五輪フィギュア ヨナ強し 家族の支えで金メダル(毎日新聞) 2/26 14:27

フィギュア女子フリーの演技を終え、涙をぬぐう金妍児

 バンクーバー冬季五輪で25日(日本時間26日)行われたフィギュアスケート女子のフリー。

昨季の世界女王は強かった。金妍児キム・ヨナ)が同じ年齢のライバル・浅田真央らの挑戦を退け、昨季の4大陸選手権から国際大会6連勝。フィギュアスケートで韓国初となる五輪のメダルを、金色で彩った。

 決してフィギュアが盛んとはいえない韓国から生まれた天才、それが金妍児だ。5歳の時にスケート教室に3歳上の姉とともに参加し、能力を認めたコーチの勧めで本格的に取り組むようになった。父は個人事業主で、とりたてて裕福な家庭ではなかったが、母の朴美姫(パク・ミヒ)さんがリンクまで送り迎えし、スケート一色の生活。父が買い物をし、姉が料理を作る日々だった。

 母は独学でスケートを勉強してコーチ代わりも務めた。それは06年にブライアン・オーサー・コーチの指導を受けるようになるまで続いた。「朝鮮日報」の成鎮赫(ソン・ジンヒョク)記者によれば、ある時に金妍児の機嫌が悪く、練習中に靴のかかとで氷をガンガンとたたいたことがあった。怒った母が「(罰として)リンクを100周しなさい」と命じると、金妍児は本当に100周滑ったという。「母と妍児は、お互い精神力がすごい」と成記者。強い意思で、スパルタ練習を乗り越えていった。

 ジュニア時代からルッツとフリップのエッジの使い分けを習得した。2シーズン前のルール改正でエッジ判定が厳格化され、浅田が苦しんだのとは対照的だった。以前は腰痛の持病を抱えていたが、現在はほぼ万全。金妍児は自ら「私の一番の強みは技術に揺るぎがないこと。プログラムの魅力を出せること」と話す。ジャンプ技術、表現力、そして精神力。韓国で「国民の妹」と呼ばれるスケーターは、すべてを兼ね備えていた。【来住哲司】

打ち鳴らそうとした「鐘」=浅田真央物語、完結〔五輪・フィギュア〕(時事通信) 2/26 14:05 コメント数:360件

 浅田真央は「鐘」に負けたくなかった。

スケーターとして試され、悩み、それでも最後まで懸命に孤独な氷の上で打ち鳴らそうとした。SP2位から金妍児を逆転することはできなかったが、戦い抜いた果ての銀メダルだった。「初めての五輪はすごく悔しかったですけど、初めてのことばかりで、すごくいい経験になったと思います」。

 今季のフリーの曲を決める際、もう一つ候補があった。フランツ・リスト作曲「愛の夢」。優しい曲だった。タラソワ・コーチが昨季から温め、浅田も気に入っていた。でも何かが足りない。大きなものに挑んでいないような気がしてやめた。

 タラソワは多くの五輪金メダリストを育てた。98年長野のクーリック、02年ソルトレークシティーのヤグディン。彼らには後世まで語り継がれるようなプログラムがあり、タラソワが手掛けたものだった。浅田は「鐘」に、それを求めた。

 乗り越えなさい−。タラソワは浅田に短い一言を託した。重厚で、腹の底に響くような曲。10代前半で彗星(すいせい)のように現れ、無邪気で天真らんまんにジャンプを跳んでいた「真央ちゃん」のイメージとは懸け離れていた。真価が問われた。

 外野からの声は聞こえていただろう。曲が暗過ぎる、五輪開催地の北米では理解されない−。ある国際連盟ジャッジも危惧(きぐ)していた。不振だったフランス杯とロシア杯を終え、さすがの名コーチも揺らぎ、迷い、悩んだ。「変えようか」。
 浅田は反発した。「このままいきたい」。昨年10月末、ロシア杯で屈辱の5位に敗れた夜だった。生まれつきの負けず嫌いに、火が付いた。やっていることに確信が持てなくて涙を流したこともあった。一番の理解者である姉の舞は「真央は毎年、一つの物語をつくる。みんなをどきどきさせたり、大丈夫かなと思わせたり。だから最後にすごく感動するんです」と言っていた。浅田のバンクーバー物語は、完結した。(バンクーバー時事)

師の経験生かす=金と銀の差を知る金妍児〔五輪・フィギュア〕(時事通信) 2/26 13:38 コメント数:228件

 世界女王として、力を示すために五輪の舞台に立った。軽快なピアノが鳴ると、青い衣装を身にまとった金妍児が、軽やかに滑り出した。冒頭の3回転−3回転の連続ジャンプを決めると勢いに乗った。優雅にそして、完ぺきに舞った。

 5点足らずの差で追ってくる浅田が直後の滑走に控えていた。追われて臨むフリーはあまり得意ではない。「過去の五輪では予想もしなかった結末をたくさん見てきた。幸運と神のご加護が必要になるでしょう」と首位に立ったショートプログラムの後に話していた。刃物のように研ぎ澄まされた神経も、少しは揺れていたのかもしれない。

 浅田とはジュニア時代からのライバルだが、相手が不振だった今季は差が広がっていた。だが、オーサー・コーチは「必ず戻ってくるだろう」と油断はしていなかった。自らの現役時代に「ブライアン・ブライアン対決」と呼ばれたブライアン・ボイタノ(米国)との激しいライバル関係から学んだ経験を、金妍児に伝えてきた。

 オーサーは五輪で2度、銀メダルに終わった。金と銀の大きな差を身をもって知っている。金妍児はその話を繰り返し聞かされ、感じてきた。

 あるカメラマンがつぶやいた。「誘うような目で撮らされている感じがするんだ」。重圧を感じていないときは、そんなオーラを出せる。(バンクーバー時事)

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posted by ぴかまま at 17:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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