2010年04月12日

バカが「東大大学院」に行く

バカが「東大大学院」に行く(SAPIO 2010年3月31日号掲載) 2010年4月8日(木)配信

文=小谷野敦(比較文学者)

おバカ大学生の増殖は、最高学府の頂点に君臨する東京大学をも蝕んでいた。09年3月に、「さらば東大!」の捨て台詞を残して非常勤講師を退職した小谷野氏が嘆く。

 私は『すばらしき愚民社会』(新潮文庫)などで、大学生の学力低下について書いたが、もう二流、三流、さらに底辺大学の実態のひどさは世間に知られてきている。底辺校など、学力も生活態度もまるで中学校のようで、日本と並んで、米国、韓国など大学が過剰に多くなると、そういうことになる。

 だが、このところ、私は「東大院生の学力低下」をひしひしと感じている。東大生そのものも、私の頃に比べるとずいぶん基礎学力、特に教養がなくなってきているが、院生が特に問題なのは、九〇年代の大学大綱化でやたらと大学院および定員を増やした結果で、教養学部(総合文化研究科)で、言語情報科学とか、本郷では情報学環とか(情報がつくのが多いのだが)、むやみと大学院を増やし、優秀な学生は大学院など行かずに就職するし、東大の院試は東大入試より易しいとされ、他大学から「学歴ロンダリング」を狙う者たちが入ってくる。さらに人文系となると、私が『文学研究という不幸』(ベスト新書)で書いたように、博士号をとってすら就職先がないから、優秀な学生は、修士課程を終えたところで一般企業や官庁に就職してしまうので、博士課程にけっこうダメな院生がごろごろいる、という結果をもたらしている。

気にかかったところを何点か記すと、歴史の知識がやたらと乏しい人文系の東大院生というのがいる。これはさすがに歴史や古典文学の専攻ではまずいないが(ただし日本専攻で外国のことをまるで知らないというのはある)、往年のニューアカデミズムの流れで、哲学などやりたがる院生に多いようで、鎌倉幕府から南北朝の歴史なんか、まるで知らない。大河ドラマレベルの知識すらない。そんなことを憂えていたら、阪大文学部教授桃木至朗の『わかる歴史 面白い歴史 役に立つ歴史︲歴史学と歴史教育の再生をめざして』(阪大出版会)という本を読んで、これじゃあいかんと思った。桃木はヴェトナム史専攻で、歴史学の未来や、若者の歴史離れについて危機意識を持っている。しかしその内容は、自分の頃と現在とでは高校で教える歴史の内容はまったく違っていると言い、米国を「人種のるつぼ」と呼ぶのは今では不適切だし、東南アジアの仏教を「小乗仏教」というのは大乗の側からの蔑称なので「上座部仏教」と呼ぶべきだなどと言う。

 そんなことはどうでもいいことに近い。「大河ドラマは若者に人気がない」(大意)とも言っているが、そうしたのは、それこそ桃木のような「民衆史」「政治的正義」の歴史学者ではないか。大正から昭和前期の民衆は、講談や吉川英治や司馬湯のみ太郎の小説を通して歴史を知っていたのに、英雄ばかりを描くのはけしからんと、民衆史観でゴリゴリ押しまくったあげくの歴史離れではないのか。

 それと、今や研究資料はインターネットで検索するのが当然の時代なのに、先日、東大院生が、ある著書が見つからない、と書いていたのを、大学図書館横断検索のWebcatで検索したらすぐ見つかった。ネット世代と言われる若者が、研究のために必須のサイトを知らなかったりするというのは、どういうことなのか。結局は、東大に限らず、大学院の作り過ぎである。政府は実は理系のことしか考えずに大学院拡充を言ったのに、大学院手当の欲しい教授連が、これ幸いと増設してしまった。というのが実情なのだ。もはや、大学院の削減しか、打つ手はないであろう
タグ:SAPIO
posted by ぴかまま at 06:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック