2011年07月04日

杉崎アナ所属事務所が涌井と交際認めた

杉崎アナ所属事務所が涌井と交際認めたスポーツ報知 7月4日(月)8時2分配信

 フジ系「めざにゅ〜」(月〜金曜・前4時)でメーンキャスターを務めるフリーアナの杉崎美香(32)が、西武の涌井秀章投手(25)と交際している、と一部で報じられたことについて3日、杉崎の所属事務所が交際を認めた。

 「(涌井と)交際をしているとの報告を受けています」と関係者。杉崎は早朝の番組に出演していることから、生活のリズムが異なるが、大の野球好きであることから意気投合し、静かに愛を育んできたとみられる。

めざにゅ〜」杉崎アナ、NHK日曜昼の顔!

涌井秀章(わくい ひであき、1986年6月21日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(投手)。

小学生時代はソフトボールをしており(寒風台ソフトボールチームに所属)、野球は中学生になってからシニアリーグ(松戸シニア)で始めた。その後横浜高に進学。

入学時から松坂大輔二世と呼ばれていた。高校2年春に第75回選抜高等学校野球大会に1学年上のエース成瀬善久(現千葉ロッテマリーンズ)らと共に出場。準決勝までは成瀬のリリーフとして登板。決勝戦では先発したが、広陵高の打線につかまり3-15と大敗した。

高校時代の涌井について、横浜高の野球部長・[小倉清一郎]]は「松坂よりも我慢し、辛い練習に耐え、乗り越えてきた」と称賛。その後、甲子園で147km/hを計測した涌井を見た松坂大輔は、「相当な努力をしたと思う」と評価した。最速148km/hのストレートとスライダーを投げ、2004年ドラフトで西武ライオンズから、単独で1巡目指名を受けた。西武に対する印象を聞かれ「松坂さんと同じチームで出来るのでとても嬉しい、西武に行きたかった」と答えている。また小倉部長は「最高のチームが指名してくれた」と語った。

プロ入り後
2005年
背番号16を与えられて入団時より大いに期待され、プロ入り1年目から開幕一軍入りを果たす。6月18日、交流戦最終戦のヤクルト戦でプロ初勝利。同年、ファームの優秀選手を受賞。

努力家で練習量が非常に多い。毎年、独自練習のメニューを作成している大迫幸一は「フィジカル面で彼(涌井)の陰の努力は半端ではない」と舌を巻く。特に走り込み量の多さは球界有数で、下半身が大きくなり、オフに買ったジーンズの膝が座ったと同時に破けたこともある。潮崎哲也も「野球に対する取り組みは真剣で真面目、自分の置かれている立場を理解して、周りにも良い影響を与えている」と高く評価している[15]。
派手なリアクションが苦手で、常に淡々と投げる。マウンドで表情が出ない事については、中島裕之から「(涌井も)本当はガッツポーズをやりたいけど恥ずかしくて出来ない」と証言されている[23]。写真撮影で笑顔になることも苦手で、雑誌の取材は苦労するという[24]。
クールなマウンド捌きからは想像し難いが、日常生活では非常に子供っぽく、茶目っ気のある行動で知られる。また、漫画やゲームが大好きで、帆足和幸と「ONE PIECE会」を結成[25]したり、チームで流行している「ボンバーマン」は一番の腕前で、銀仁朗は「涌井さんが一番強いんで、みんなチームを組みたがるんです」と語っている。銀仁朗とゲームで親交を深めた結果、最優秀バッテリー賞を受賞した[26]。苦手な取材も、終わると笑顔になるという[24]。
試合中と普段のギャップの激しさから、文化放送ライオンズナイターでは「ピッチングは大人、言動は子供」と評され、潮崎からも「まだまだ、おこちゃまなところがある」と言われる。チームメートは涌井を「不思議ちゃん」と評し[27]、雑誌では「ツンデレ系」とも評された[24]。
とても涙もろい一面があり、石井貴の引退試合、赤田将吾のトレード発表の際には、人目もはばからず号泣する姿が報道された[28]。
ダルビッシュ有と親交が深く、「ダルビッシュ軍団」の副会長を名乗る。西武の選手がボンバーマンとコラボしたTシャツを制作した際、ダルビッシュの分も注文し、「だるびっしゅ」とネームを入れてプレゼントした[29]。
シーズン中は節酒するなど体調に気を配り、幼少時は偏食だったが現在は野菜中心の食生活を心がける。西武ドームで発売された自身のプロデュース弁当も和食メインだが、生魚は苦手で蟹を食べてアレルギーになったことがある。また、大のお菓子好きで、キャンプ中に鳩サブレばかり食べていたことを帆足から暴露された[15]。
メンタル面が強いとされ、遠征などで環境が変化しても苦にしない。気分転換の方法は買い物で、「ユニクロでたくさんのデザインが用意されているパーカを大量に買いこむ」と答える。勝てない時期が続いた時はマンションの自室で、直径1メートルのビーズクッションに身を任せて考え込んでいるという。
2009年オフに、出身地である松戸市の市民栄誉賞を受賞し、通算勝利数に応じて市に寄付をすることが発表された。
「エース」と呼ばれることに違和感を覚える。「(エースと呼ばれることに)拘りはありません。二番手・三番手とか順番を付けるのもいらないと思います。マウンドにあがった投手全員で勝ちにいくのが、強いチームだと思う」という持論を持っている[30]。
2010年オフのファン感謝イベントで、帆足がアドリブで突然「今日来たお客さんから1名、涌井がご飯連れて行ってくれます!」と発言、涌井は苦笑いしつつも了承した。ジャンケンの結果、11歳の少年に奢ることになった[31]。

涌井秀章 - フレッシュアイペディア


posted by ぴかまま at 12:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女子アナ
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